語学に近道はあるのか。私は「ない」と思っています。


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語学学習をしていると、「もっと効率のいい勉強法はありませんか」「短期間で話せるようになる方法はありませんか」という質問を本当によく受けます。私も昔はそういうものがあると思っていましたし、勉強が得意な人ほど、「どこかにコツがあるはずだ」と考えがちです。数学でも物理でも、一度考え方が分かると急に世界が変わるような瞬間がありますから、語学にも同じような「ブレイクスルー」があると思ってしまうのは、ごく自然なことだと思います。

でも、残念ながら語学はそういう学問ではありません。数学なら、ある考え方や解法を理解すると、それまで解けなかった問題が急に解けるようになります。たとえ公式を忘れてしまっても、理屈を理解していれば自分で導き直すこともできます。つまり、「考え方」を身につけること自体が大きな武器になります。しかし語学は違います。単語を一つ覚えたからといって急に話せるようになることはありませんし、文法を一つ理解したからといって映画が聞き取れるようになるわけでもありません。昨日覚えた単語を、その後三年間一度も目にしないことだってありますし、教科書で習った表現を実際の会話ではほとんど聞かない、ということも珍しくありません。

そもそも、「語学をすべて学び終えた」と言える人なんて存在しません。これは外国語に限った話ではなく、自分の母語でも同じです。日本人だからといって日本語をすべて知っているわけではありませんし、日本人だからといって日本語の表現を全部知っているわけでもありません。新しい言葉は次々に生まれますし、本を読めば知らない表現に出会います。それでも私たちは普通に生活できています。毎日仕事をして、人と話して、自分の考えを伝えることができます。それは「全部知っている」からではなく、「生活するのに十分なだけ積み重ねてきた」からです。

私は外国語もまったく同じだと思っています。私たちが目指すべきなのは、辞書を丸暗記することでもなければ、ネイティブでも知らないような難しい表現を使えるようになることでもありません。小学生が母語を使っているくらいの自然さで、自分の考えを相手に伝えられること。分からない言葉があれば聞き返せること。うまく表現できなければ、「どう言えばいいか分からない」とその言語で説明できること。そのくらいできれば、旅行も仕事も読書も、十分楽しめるようになります。

そして考えてみると、不思議なことがあります。世の中には数学が苦手な人もいますし、物理や化学がどうしても理解できない人もいます。でも、母語を話せない大人はほとんどいません。学歴も、職業も、IQも関係なく、誰もが母語で生活しています。もちろん知識の量には差がありますし、語彙力や表現力にも違いはあります。でも、「会話ができない」という人はいません。つまり、語学というのは、実は私たちが思っているほど才能に左右されるものではないのです。

では、どうして外国語になると急に難しく感じるのでしょうか。私は、その理由は「勉強の仕方」にあると思っています。私たちは外国語を、一つの教科として勉強してしまいます。週に何回か授業を受けて、文法を覚えて、単語を暗記して、試験の点数を上げる。その授業が終われば、また母語だけの生活に戻ります。仕事も、SNSも、動画も、友人との会話も全部母語です。つまり、一日のほとんどを外国語とは無関係に過ごしているわけです。その状態で、「なぜ話せるようにならないんだろう」と悩んでも、それはある意味当然なのかもしれません。

しかも、試験には試験のための勉強法があります。効率よく点数を取るためのテクニックもあります。それ自体を否定するつもりはありませんし、試験に合格することが必要な場面ももちろんあります。ただ、それは「言語を使えるようになること」とは少し目的が違います。試験では高得点なのに、外国人を前にすると何も話せないという人が少なくないのは、そのためだと思います。近道は確かにあります。でも、その近道は試験に合格するための近道であって、外国語を身につけるための近道とは限らないのです。

一方で、昔から外国語が上手な人というのは、いつの時代にもいます。でも、そういう人たちを見ていると、勉強法は意外とバラバラです。ある人は毎朝音読をしますし、ある人は海外ドラマばかり見ています。ある人は本を読むのが好きで、ある人は外国人の友達と毎日話しています。方法は違います。でも、一つだけ共通していることがあります。それは、毎日その言語に触れているということです。昔なら英語のカセットテープを何度も聞いていた人がいました。今なら動画も、ポッドキャストも、AIもあります。道具は変わっても、本質は変わりません。毎日少しでもその言語の中で過ごしている人は、やはり少しずつ上達していきます。

もちろん、それが簡単なら誰も苦労しません。一週間頑張ったくらいでは目に見える変化はありませんし、一か月続けても劇的には変わらないでしょう。だから途中でやめてしまう。これは意志が弱いからではなく、人間としてごく普通のことです。学業でも仕事でも忙しい毎日の中で、結果がすぐに見えないことを何年も続けるのは簡単ではありません。

だから私は、「もっと頑張ろう」と自分を追い込むよりも、「無理なく続けられる仕組み」を作ることのほうが大切だと思っています。結局のところ、語学は一日だけ頑張る人よりも、一日五分でも毎日続ける人のほうが強いのです。

実は、MANA Learnを作ろうと思った理由も、そこにあります。AIだからすごい、機能が多いから便利、そういうアプリを作りたかったわけではありません。私が一番作りたかったのは、「普通の人でも毎日続けられる語学学習」でした。難しいことはできるだけ減らして、一回の学習は数分で終わるようにする。ちょっと問題を解いて、少し聞いて、少し話して、「今日は忙しいからやめよう」と思わないくらい気軽に続けられること。それが語学学習では一番大切だと考えています。

もちろん、本格的に勉強したい人は、教科書も読めばいいですし、オンラインレッスンを受けてもいいと思います。映画を見るのも、海外ドラマを見るのも、とてもいい勉強になります。MANA Learnは、それらの代わりになるものではありません。ただ、毎日外国語と接する習慣を作るための、小さなきっかけになれたらいいと思っています。

一日三分でも五分でも構いません。その時間だけは外国語の世界に入ってみる。それを一年、二年と積み重ねていけば、必ず今とは違う景色が見えてきます。逆に、その三分や五分を毎日ショート動画を眺めたり、SNSで誰かと口論したりして過ごしたとして、一年後に何が残るでしょうか。

語学には魔法の勉強法はありません。でも、続けることは誰にでもできます。そして私は、その「続けること」こそが、結局はいちばん確実な近道なのだと信じています。